朝、母から電話があり、曰く
「車で迎えに来てくれるという人がいて、昼まで出かけるから、昼御飯、家に来るならどうする?」
と来た。
昼になり、実家に電車バスを乗り継いで行くとよそ行きのカバンと服装の母が居て、疲れたような声で、
「今日はとにかく美味しいものが食べたい。」
と言い、スーパーに二人で『すき焼き』に材料を3千円分買うことになった。特に高い卵も袋には入っていた。
…正直僕はあ然となった。
何故なら昼飯は最近は、いつも母手作りの安い材料の炒飯か、晩御飯の残りが定番だったからだ。
それに食費を払うのは僕なのだ。
気が気でない、そういう心境だ。
「久し振りだから間違えてうどん三人分入れちゃった」
「牛肉久し振りに食べたけど、美味しいね」
と母。
とても美味しかった。
テーブルを見たら、葬儀場のセールスマンのメモ書きとパンフレットが置いてあった。
それに小さい折り鶴も。
「この人、折り鶴が得意なんだって。あんたもこれを解いて見れば?」
と言った。
3ヶ月前の8月のはじめ、僕は入院した母に折り鶴を作って持って行くつもりだった。
母が思いの他早く回復したのでその暇はなくなってしまったのだけど。
母は遂にその日、一度もどこに出掛けたのかを告げなかった。
僕は母の料理が好きだ。もう何年も母のすき焼きを食べていない。最後に食べたのはそんなに昔のことでは無い。
いつだったか、兄の家族が外で食べてくる、と知った母が、
「やった、二人ですき焼久し振りにすき焼きにしよう」
と言った日を憶えているから、ここ2年以内のことだっただろう。
もう母の手料理は食べられない、そんな覚悟をしている。